タイトルの中小零細企業は実は私のことだったりします。

私の過去の実話やお客様の会社の実話を踏まえて
ここら辺で私の偏った考えを。

中小企業の社長さんというと幅広いので
20代~40代前半で、起業したてで規模が小さい(社員数15人以下)会社に
限定します。

「どんな人が欲しい?」という質問をすると多種多様な御回答を頂きます。
業種や性格によってマチマチなのですが、最近、ある1つの答えに辿り着きました。

「どんな人が欲しい?」のどんな人、社長さんが欲しい人物像は
「自分自身」なのではないか?と。

私自身は、そうでした。究極的に欲しい人物は「私のコピー」です。
数名の現在求人中のお客様に伺って得た回答も、そうでした。
気付いてはおられないのですが、自分自身か酷似している人物が欲しいようでした。

ちなみに、パーマンのコピーロボットが発売されたとして
耐用年数(実際の使用可能期間と税法上)とメンテ費用にもよりますが
私は5,000万円以下なら、迷わず即買いです。
1億円以下でも、たぶん買うでしょうね。どうやってローンを組もうかなあ?

証拠に私も含めて社長さんが好きな言葉は「成果主義」です。
「成果主義」の失敗が喧伝されているにも関わらず、大好き。

そりゃそうです。脱サラした創業社長は
自らの意思で「成果主義」の世界に飛び込んだんですから。
「やればやっただけ、給料が貰える。こんなにイイ事はないよなー。」と
平気で語ります。
で、「そういう給料だったら、おりゃあ、勤めを辞めなかった」と言っちゃったりします。

そして、仕事のレベルは自分と同じモノを求めています。
「俺が若い頃は・・・・」とか「俺が新人の頃は・・・」が大好きです。
そりゃそうです。
若くして脱サラして会社を起こそうだなんて言う「変わり者」なんですから。
仕事に対する「モチベーション」なんていう浅薄なものではなく
使命感や、自分に課している仕事のレベルの高さ、とか
「自分とはこういうものだ」というセルフイメージの高さとか、が
他人と全然違います。
だから、他人と仕事のレベルが違って当然です。
だから、現在の会社の姿、現在の役員報酬額があったりするんでしょ?

「成果主義」と「自分と同じ水準」。
この2つを求めるから、イラつくし、失敗するんじゃないでしょうか?

私は、まさにこれでした。というか、これです。

従業員さんで「成果主義」を求めている人は少ない、というのが実感です。
「やればやっただけ貰える」というのは
「やらなかったら、それなりだ」ということでもあります。
さらに「やらなかったら、今月の給料はナシ」という考えもあります。

こんな、疲れる会社じゃイヤでしょうね。

「こんな少ない給料でいいのかな?俺だったら○○○万円は欲しいから
 めちゃくちゃ頑張っちゃうけどな。あいつはやる気がないんだ」
と、なっちゃったりすると、もう末期でしょうか。

仕事のレベルもそうでしょう。
元々、零細企業にはハイスペック(とされる)な人材(特に男性)は来ません。
入社してくる社員に
「静岡銀行とウチと2つから採用貰ったら、どっちに行く?」と聞くと
100%「静岡銀行」と答えます。(ウチの社員はとても素直です。)

そりゃそうでしょう。
吹けば飛ぶような会計事務所と上場している静岡銀行様では、比べるまでもありません。
静岡銀行でなくともキーエンスやスクウェアエニックスには入れないから
しょうがないから零細企業に入社するしかないのです。

仕事に対する考え方も違ってきて当り前です。
(上場企業に入る人全てが仕事に対して高い意識を持っているとは決して思っていません。)

このブログは社長さんが読む、と仮定して書きますと
従業員さんが望んでいることは「安定」です。

「安定」・・・。
なんて甘美な響きでしょうか?
私達、零細企業の社長達は、それが存在しないものであることを知っています。

しかし、従業員さんのニーズが「安定」である以上
私達はそれを用意する必要に迫られます。
「社長の仕事は毎月給料を払うことだ」と私に仰って頂いた
年配の社長さんがおられました。名言だなーとしみじみ思います。
会社は、毎月給料を支払うために存在し、そのために仕事を組み立てる必要がある
と言ってもいいでしょう!

給料は安定することも必要です。必須でしょう。
もう1つは、仕事の内容でしょう。

社長さん達は飽き症(性ではない)で、新しいことに目が無い人が多いです。
しかし、従業員さんは同じ仕事を続けること
自分ができることをできる範囲で行うことを望んでいる人が多いと感じています。
このミスマッチを埋めてあげる。

この埋め方は2つあると考えています。
まず、「自分と同じ」と従業員さんに求めない。
もう1つは、期待値を下げる、です。
両者は同じことかもしれません。

さらに言えば「長い目で見る」ということが必要でしょうね。

どうだ、分かったか、俺!